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一六一一年、加賀藩の前田利長は、新しい城下町の高岡に七人の鋳物師を招き、税を免じました。はじめは鍋や鋤。鐘や仏像、花瓶はそのあとです。いまも日本の銅器の多くは高岡でつくられています。
砂や土の型は、金属を取り出すときに壊します。だから鋳物ひとつに、型ひとつ。
鋳上がったばかりの銅は、新しい硬貨のような淡い金色です。茶や黒や緑は、熱や薬液を使って、金属そのものからひと層ずつ引き出した色。工房ごとに、それぞれのやり方があります。
北の岩手では、南部藩が一六〇〇年代から鉄を鋳てきました。その鉄瓶で沸かした湯は、まろやかになるといわれます。
使ううちに、内側に白い湯垢がつきます。これは落としてはいけません。錆から鉄を守り、よく使われてきた証しでもある。鉄瓶は、売られた時点では仕上がっていない。使う人が仕上げるのです。

四百年、ひとつの町で注ぎつづけ、金は剥げるために置かれる。






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