一艘の舟に七柱。そのうち日本の神は、一柱だけです。

恵比寿、大黒天、毘沙門天、弁財天、福禄寿、寿老人、布袋。年の替わる夜、舟に乗って揃ってやって来ます。
この土地の神は恵比寿だけです。鯛を抱え釣竿を持つ漁の神で、正直な商いの神、大坂では商売の神。大黒天は、俵に立って槌を持つ笑顔になるずっと前は、ヒンドゥーの黒く恐ろしいマハーカーラでした。毘沙門天はヴァイシュラヴァナ、北方の守護神で、いまも甲冑を着ています。ただ一柱の女神である弁財天は、河の女神サラスヴァティー。水はいまも彼女のうちにあり、琵琶を抱え、その姿はすべて音と流れでできています。福禄寿と寿老人は中国の道教から。布袋は実在の人です。九一六年に没した中国の僧・契此。持ち物のすべてを一枚の布袋に入れて歩きました。

七体それぞれの原型。持ち物は四百年の間に決まっている。
高岡で一体ずつ鋳る。組で鋳るのではない。
鏨で仕上げる。鋳の良し悪しは顔に出る。
七体を揃いで着色する。並べたときに揃うように。
この顔ぶれに、整った理屈はありません。三つの国と、少なくとも三つの宗教が、一艘の舟に乗っている。そしてそれこそが、この一群がまぎれもなく日本のものである理由です。室町期に、手もとにあるものを寄せ集めて組み、七つの徳に合わせて数を七と定めた。
舟は宝船。正月二日の夜にその絵を枕の下に敷いて寝ると、見た夢が初夢——その年を告げる夢になります。
銅で鋳る場合はほとんどが桐箱入りの七体一組で、高岡は四百年これを注ぎつづけてきました。組はよく散ります。一柱が孫のもとへ行き、一柱が欠け、一柱だけが売られる。箱も書付も揃った七体は、そう出てくるものではありません。







慶長十四年、前田利長が高岡に城を築き、七軒の鋳物師を城のかたわらに住まわせました。いまも金屋町と呼ばれる一帯です。(七軒がどこから来たかは、伝えによって違います。)城は六年で廃されます。鋳物の町は廃されず、いまもそこにあります。
品は日本で一点ずつ探し、出品する前に撮ります。お探しのものをお書きください。それに応えるものが入りましたら、お知らせします。
お知らせすることがある時だけお送りします。月に二度のこともあれば、何もない月もあります。
承りました。入り次第ご連絡します。