神が降りた場所と、間違いから生まれた神
最も古い書物は、天孫降臨を南九州に置く。日の神の孫ニニギが剣と鏡と玉を携えて霧島の峰に降り、その血筋が東へ向かって皇室になった。どちらの山だったかは、今も二つの山が争っている。
この地のもう一人の神は、間違いから生まれた。菅原道真は聡明な学者で、政敵によって九〇一年に京から大宰府へ流され、二年後にそこで死んだ。すると内裏の殿舎に雷が落ちて公卿が死に、疫病と旱が続いた。朝廷は彼を怒らせたと結論し、位を追贈し、天神として祀った。いまでは学問の神であり、日本の受験生は毎冬その守りを十万単位で買う。
沖縄はまるで別のものを信じていた。琉球の信仰で聖なる場所は御嶽——森、岩、開けた地——であり、そこには何もない。像もなく、堂もない。祭祀を司るのは女、ノロであり、その頂点は王の神職より格が上だった。染めを見ればその差が出る。紅型は本土のどれよりも熱く、南である。京ではなく、中国と東南アジアを見ていたからである。







