着古した布を見ていた十二の娘が、考えついた。

一八〇〇年頃、久留米の井上伝という娘が古い藍の着物をほどき、擦り切れた所で糸が白く飛んでいるのに気づいた。そこから逆に考えた——織る前の糸に、あの白を意図して入れておけば、織り上がったときに文様が現れるはずだ。
それが絣である。白く残す所を糸の束ごと括り、藍に染め、解き、白と白が合うように織る。寸分たがわず合うことはない。その柔らかい滲み——かすれ——は失敗ではなく、人がこの布を買う理由そのものである。

文様として白く残す所を、糸の束ごときつく括る。
藍に幾度も沈める。括った所には色が入らない。
括りを解けば、糸は藍に白の飛び石を持っている。
白と白が出会うように織る。寸分は合わない。その滲みこそが絣である。
文様は表に載せたのではなく糸そのものに染まっているので、裏まで通っている。久留米の布は、文様より先に生地が擦り切れる。
十二歳だった。町はそれから二百年織っている。

この家から川を四十キロさかのぼった筑後平野。綿が穫れ、藍が育ち、藍甕が並び、その二つが九州じゅうの人が着る布になりました。
品は日本で一点ずつ探し、出品する前に撮ります。お探しのものをお書きください。それに応えるものが入りましたら、お知らせします。
お知らせすることがある時だけお送りします。月に二度のこともあれば、何もない月もあります。
承りました。入り次第ご連絡します。