Maison Homura
3033
五 · 布 — 東京

木目込雛

十二単の重ねが幾重にも。そのどこにも縫い目がない。

木目込雛 — 東京
東京 · 一七三〇年代から

一七三〇年代、京の賀茂神社の大工が、余った柳の木で小さな人形を彫り、溝を切り、そこに神社の錦の端切れを押し込んだ。縫わず、端も見えない。賀茂人形と呼ばれ、やがて江戸へ渡った。

胴は彫らない。桐の粉を糊で練った桐塑を型で抜く。桐塑は溝がきれいに切れ、切った溝が崩れない。そこへ布を、端から順に、へらで決め込んでゆく。決め込む——この動詞がそのまま技の名になった。人形の名ではなく、手つきの名である。

木目込雛 — 左
左から
木目込雛の仕事場
作り手の仕事場
作りの順
  1. 桐塑Tōso

    桐の粉と糊を練った桐塑で胴を型取る。木を彫るのではない。

  2. 筋彫りSujibori

    布の端が消えるべき所に、細い溝を彫る。

  3. 木目込みKimekomi

    へらで布を溝に決め込む。この一手が技であり、名前である。

  4. 面相Mensō

    最後に面相筆で顔を描く。毛数本の筆である。

手に取れば分かる。木目込の人形には縫い目も、糸目も、裾の折り返しも、どこにもない。着せたというより、着ているように見える。

顔は最後。毛が数本の面相筆で描く。出来の良し悪しは、結局そこで決まる。

この一対は三月三日に出し、数日で仕舞う。しまい遅れると娘の婚期が遅れるというのは迷信だが、三代もつ雛が残っているのはその迷信のおかげである。

木目込雛 — 右
右から
四方から
木目込雛 — 正面
正面
木目込雛 — 左
木目込雛 — 背面
背面
木目込雛 — 右
覚え書き
桐塑——桐の粉と糊を型で抜く
名の由来
「決め込む」から
起こり
京・賀茂神社、一七三〇年代
縫い目
なし。端はすべて胴の中
出し入れ
三月三日に出し、数日で仕舞う
産地について

村の仕事ではなく、町の仕事です。江戸張子は裏長屋でつくられ、大きなものを置く場所のない借家住まいの人が買いました。

棚に並ぶ前に

品は日本で一点ずつ探し、出品する前に撮ります。お探しのものをお書きください。それに応えるものが入りましたら、お知らせします。

お知らせすることがある時だけお送りします。月に二度のこともあれば、何もない月もあります。