神のいない月
旧暦の十月は神無月という。神がみな出雲へ行ってしまうからである。出雲でだけ、その月は神在月と呼ばれる。神々は出雲大社に集まり、来る年の縁を決める。だから人はそこへ、金ではなく縁を願いに行く。
海そのものが聖だった。宮島は島の土に社を建てられぬほど神聖とされ、社は海上に脚を立てて組まれ、大鳥居は潮の中に立っている。瀬戸内を下る船乗りは讃岐の金毘羅を拝んだ。社は七百八十五段の石段の上にある。彼らは登った。
四国には海岸を巡る八十八の寺の環がある。九世紀以来、この島に生まれた僧・空海のために歩かれてきた。遍路は笠に四文字を書く。同行二人。もう一人は空海であり、死んだとは見なされていない。





