二つの部屋が分け合うものだから、両側から彫ります。

欄間は、襖の上、鴨居と天井のあいだに入る透かしの板です。閉てきってしまえば行き来のなくなる二つの部屋のあいだに、光と風だけを通すために、そこにあります。
そこからこの仕事の問題が生まれます。欄間は二つの部屋のどちらのものでもある。両側から見られるのだから、両側から彫らなければならない。欅や桐の厚い一枚板を彫り抜き、表も裏も仕上げる。細工を隠す裏側というものが、ありません。良い面と悪い面がない。向こう側が甘ければ、隣の部屋にいる人にそのまま見抜かれます。


欅か楠の一枚板。彫り抜ける厚みのものを選ぶ。
板の両面に直接下絵を描く。
不要な部分を抜く。ここから先、板は直せない。
両側の部屋から見えるよう、深く彫り込む。
最も良いものが出るのは富山の井波で、きっかけは火事でした。明和三年、町の中心にある瑞泉寺の本堂が焼けます。再建のため京都の東本願寺から御用彫刻師が入り、仕事をしながら土地の者に教えました。彼らは帰り、町には彫刻が残りました。
いまも二百本ほどの鑿を使い、仕上げに機械を入れません。工房は通りに向かって開いています。井波は、見るより先に音が聞こえます。
欄間は静かに減っています。嫌われたからではなく、それを必要とする間取りの家がつくられなくなったからです。取り壊される家から外された板が、いま古物商に流れています。建築の一部だったものが彫刻になる——出世のような顔をした、格下げです。





工房ばかりの通りが一本あり、どれも通りに向かって開いていて、どこでも彫っています。きっかけは火事でした。明和三年に瑞泉寺の本堂が焼け、再建のため京都・東本願寺から御用彫刻師が入り、仕事をしながら土地の大工に教えた。彼らは帰り、井波はやめませんでした。
品は日本で一点ずつ探し、出品する前に撮ります。お探しのものをお書きください。それに応えるものが入りましたら、お知らせします。
お知らせすることがある時だけお送りします。月に二度のこともあれば、何もない月もあります。
承りました。入り次第ご連絡します。