木綿を着ることを禁じられた。だから木綿を麻に刺した。

江戸期の津軽では、農民が木綿を着ることを藩が禁じていた。許されたのは麻である。北国の麻は目が粗く、寒い。ただし木綿の「布」と木綿の「糸」は別ものであり、糸なら手に入った。
そこで女たちは刺した。経糸を奇数で数えながら——一、三、五、七——白い木綿で麻の目を埋めてゆき、織りが詰まって、着物が熱を持つまで刺した。文様は小さな単位の組み合わせで、図面ではなく、見て覚えて伝わった。

地は麻。目が粗く、寒く、そして法が許した唯一の布である。
奇数の目を数えて刺す。一、三、五、七。
木綿の糸を通し、織り目を埋めて暖を持たせる。
小さな単位を組み合わせて文様にする。図面はなく、手から手へ伝わった。
一つの装飾の伝統が、奢侈禁止令と厳しい冬から生まれている。美しくしようとした人はいない。寒くないようにしただけである。
藍地に白、幾何、そっけない。現代的に見える。美意識を考えずに作られたものが、たいていそう見えるのと同じ理由で。

本州のいちばん北、日本海から冬が来てそのまま居座る土地です。江戸期、藩は農民が木綿を着ることを禁じました。許されたのは麻で、この気候の麻は目が粗く、寒い。
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