Maison Homura
焔の物語 · 第2話

「朱の高原、風の記憶」

2026-07-17
朱の高原、風の記憶

ベトナム中部の高原に、乾いた風が吹き抜けていく。赤土の道は夕陽を吸い込み、燃えるような色に染まっていた。年老いた農夫は、収穫を終えたばかりの珈琲の実を手に取り、その艶やかな皮を指先でなぞる。

彼の手は大地のように硬く、無数の皺が刻まれている。この一粒にどれほどの雨と日差しが詰まっているのか。農夫は静かに目を閉じ、遥か遠くの国でこの実を挽く誰かの、穏やかな朝の気配を想像した。

カゴの中には、濃い紫に熟した実が山をなしている。傍らで火を焚けば、鋭い煙の匂いが鼻をくすぐり、空には一番星が瞬き始めた。今日という日がまた一つ、土の記憶として刻まれていく。

彼は重い腰を上げ、家路につく。足元で赤土が乾いた音を立てる。夜の帳が降りる前、高原の空気は急激に冷え込み、世界は深い静寂の中に溶けていった。